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【ドイツ】3回目を迎えた「ドイツ・コスプレ選手権」 約160人が参加
コスプレ、じわり浸透=選手権大会が盛況−独

ドイツ コスプレ 優勝者 【フランクフルト時事】日本のアニメキャラクターなどに扮(ふん)するコスプレが、ドイツでもじわり浸透している。フランクフルト書籍見本市では、最終日の18日に「ドイツ・コスプレ選手権」が開催され、出場者はキャラクターへの成り切り度合いを競った。

 今年で3回目を迎え、「欧州最大」(関係者)とされるコスプレ選手権には、約160人のコスプレ愛好者が参加した。決勝では男性9人、女性20人が自慢のコスプレを披露。欧州でも人気が高い日本の漫画やゲームのキャラクターが登場すると、会場は大きな拍手と歓声に包まれた。

 優勝者の賞品は東京への往復航空券。人気漫画「NARUTO」のキャラクターに扮し、男性の部で優勝したアンドレ・ソロビエフさん(20)は「東京ではいろいろ見て回りたい。本当に楽しみ」と笑顔で話した。

時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009101900035

▽過去記事
【動画】『日本の日(ドイツ)』と『日本博覧会(フランス)』
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=7972
【ドイツ】ドイツの日本祭り
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=4326
【ドイツ】Japan-Tag in Düsseldorf
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=3050
【動画】世界を大いに盛り上げ過ぎてる涼宮ハルヒの団 〜アラブのはじまり〜
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=8832
【動画】世界のハレ晴れ ついに62カ国に!!
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=5217
【動画】世界を大いに盛り上げ過ぎてる涼宮ハルヒの団…ついにアフリカへ
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=4405
灯里「ドイツのコスプレマニアといえば戦国武将が有名ですけどね」
藍華「わざわざ日本から資料を取り寄せて甲冑を自作するくらいだからね。前に見たけど、すんごい出来だったわ」
アリス「でもやっぱり『NARUTO』は世界中で人気なんですね」



画像が無いので、ヘタリアのコスプレでもご覧下さい


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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 22:35
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【ドイツ】ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐 宣伝動画





▽関連記事
ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB
アンサイクロペディア
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB

かのアンサイクロペディアに嘘をつかせなかった偉大な男。

「悪魔みたい」じゃなくて「真性の変態」だと思いまつ (。・x・)ゝ




ドイツ空軍 ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐

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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 23:33
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【ドイツ】総統閣下の著書「我が闘争」の注釈本の発行を求める声が強まる
「わが闘争」注釈本の発行求める声強まる

Mein Kampf 我が闘争 【ベルリン=黒沢潤】ナチス・ドイツの独裁者、ヒトラーが著した「わが闘争」の出版が禁じられているドイツで、同書の注釈本に限って発行を認めるよう求める声が歴史家らの間で強まっている。厳正な注釈本の発行は、これまでも法律上、不可能ではなかったものの、著作権を引き継ぐ南部バイエルン州当局が政治的な配慮から、「機が熟していない」と発行要求を拒んできた。だが、同書の著作権が7年後に切れるのに合わせて、ネオナチが恣意(しい)的な注釈本を出す恐れもあり、歴史家らは先手を打ちたい意向だ。

 「わが闘争」は、ヒトラーが1933年に政権を取ると、ドイツで一躍、ベストセラーとなった。終戦後、日本をはじめ、世界中で翻訳が出回ったが、ドイツでは、ナチスの宣伝になるとして、出版が禁じられた。

 ただ、教育・研究目的なら例外扱いとされ、注釈本発行の余地はあった。だが、発行には著作権が最大の障害となっていた。

 著作権は現在、大戦後の連合軍の指示に基づいて、ヒトラーが住所登録をしたバイエルン州が持ち、ヒトラーの死去から70年後にあたる2015年に切れることになっている。

 最近、注釈本発行の要求が急速に高まってきたのは、著作権の期限切れに合わせて、ネオナチが自分たちに都合のいい解釈をした注釈本を出す懸念があるためだ。また、厳正な注釈本を出そうとした場合、その作業に3年以上かかる。

 バイエルン州は慎重な姿勢を崩していないが、独ユダヤ人中央評議会のシュテファン・クラマー事務局長(40)は「歴史的、科学的に厳格な注釈本なら、出版に賛成だ」と、注釈作業に加わる意向も表明している。

 ドイツでは、厳正な注釈本を出版したとしても、ネオナチの新たな“バイブル”になりかねないと懸念する声がある。だが、ナチス文書館のハンスクリスティアン・トイブリヒ所長(59)は「『わが闘争』に関心を持つ極右勢力はすでに、同書を闇市場で入手している。(注釈本を)合法的に入手できれば、ナチスへの関心はむしろ、低下するだろう」と指摘している。


 【わが闘争】 1925年に出版。ヒトラー自身の青年期を振り返りつつ、“反ユダヤ”をあおっている。ドイツ人の「生活圏」獲得のための東方進出の必要性も説く。ヒトラー政権時代、学校で使用されたほか、独軍兵士や新婚カップルにも無料で配布された。発行部数は計約1000万部。現在は、イスラエルに敵対する中東などでの売り上げが多く、トルコでは2005年にベストセラー。

産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080929/erp0809291956007-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080929/erp0809291956007-n2.htm


ユダヤなんかは必要ない。
ユダヤが絡むと読むに耐えない本になる事請け合いだ。
絶対にドイツ人だけでやるべき。


ちなみに私が学生時代に読んだのはコレ。
Mein kampf 我が闘争
内容については語らないけど、歴史・政治に興味がある人は絶対一度は読んでおくべき本だと私は思っている。
ただ、下巻は余りお勧めできない。
だって総統閣下のおっしゃりたい事は上巻でほとんど出尽くしているから。

『我が闘争』の上巻はマジでお勧め。
ホントだってば。



ドイツ 党大会 アドルフ・ヒトラー総統閣下

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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 23:30
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【ドイツ】ドイツの日本祭り
ドイツの日本祭り


日本デー(Japan-Tag) 
 
FRANCEのJAPAN EXPO 10万人を大幅に上回る100万人が訪れるイベント
 
今年で6回目となる。隅田川の花火大90万人を超える大きな催しで
日本の文化・食事・ファッション・アニメ・祭り・ポップカルチャーまで様々なテントが設置される
漫画コンテストも企画しており、一等賞として日本への往復航空券が授与される。

 
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コスプレ
 
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ドイツ 日本の日
 



enjoy korea
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ttalk&nid=1108666

▽関連記事
【ドイツ】Japan-Tag in Düsseldorf
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=3050


ロルちゃん・観光コーナー・(上)2008年の日本デー、Japan-Tag・ビデオNo.035


ロルちゃん・観光コーナー・(中)2008年の日本デー、Japan-Tag・ビデオNo.036


ロルちゃん・観光コーナー・(下)2008年の日本デー、Japan-Tag・ビデオNo.037


Schwertkämpfer aufm Japantag 2008



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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 22:31
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【国際】ドイツ人へ戦争被害 ポーランド首相が記念館構想に理解
『加害国』独の戦争被害に光 ポーランド政権交代でタブー解除

 第二次世界大戦でナチス・ドイツに国土を踏み荒らされたポーランドが、ドイツ人が戦争被害を語ることを認め始めた。戦後ポーランドに編入された旧ドイツ領では、先祖代々の土地を追われたドイツ人の多くが犠牲になった史実がある。ポーランドはこれまで、加害者が被害を訴えるのは論外との態度だったが、政権交代を機に、旧住民が求める記念館構想にもゴーサインを出している。 (ベルリン・三浦耕喜、写真も)

 ポーランド北西部シフィノウィシチェ。ドイツと接する人口四万人ほどのバルト海の港町で、六十三年前の悲劇が掘り起こされようとしている。

 きっかけは、地元紙が先月に掲載した八十五歳の元ポーランド民兵の証言。それによると、終戦直後、町に残っていたドイツ人が一部の民兵に襲撃され、略奪、暴行、監禁の末に多数が犠牲となった。老人は「学校の広場の下に、何十人ものドイツ人が眠っている」と証言。現在、発掘調査が検討されている。

 敗戦でドイツはワイマール共和国時代の領土の約四分の一を喪失。その大半を編入したポーランドは、米英ソのポツダム合意に基づき、ドイツが再び東に進出しないようドイツ人住民を強制的に追放した。この結果、千二百万人から千六百万人が故郷を追われ、放浪の中で約二百万人が死亡した。シフィノウィシチェの事件もその一例だ。

 だが戦後、ナチスの残虐行為の原罪を負うドイツが被害を訴えることはタブーに。ドイツ国内でこそ旧住民らは財産の補償や返還を求める運動を起こしたが、政府間で補償問題が持ち出されることはなかった。

 東西ドイツが統一されてポーランドとの国境が一九九〇年に最終画定した後、旧住民は追放の苦難を刻む記念館建設を働きかけたが、財産返還要求につながることを恐れるポーランドは「歴史の相対化だ」と反発。実現のめどは立たなかった。

 風向きが変わったのは昨年十一月、ポーランドに国際協調を基本とするトゥスク政権が誕生してから。トゥスク首相は翌月にベルリンでメルケル独首相と会い「両国にタブーはない」と記念館構想に理解を表明。今月五日にワルシャワで行われた高官協議で、ポーランド側は、もはや構想を侮辱とはとらえないとの考えを示し、ドイツ側が実現に向けて動きだした。

 記念館設立運動を進めてきたキリスト教民主同盟(CDU)所属の女性連邦議会議員シュタインバッハさんは「一国の記念館に他国は介入できない。ポーランドが構想に立ち入らないのは極めて当然だ」と評価する。

 一方、ファシズム史に詳しいドレスデン工科大ハンナ・アーレント研究所のヤスクロウスキ博士は「新政権で一時的に雰囲気がよくなっても、根本的な問題は変わらない。欧州連合(EU)でつながっていても、これからも『ドイツ問題』は両国に立ちはだかるだろう」と展望している。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2008021702088188.html

ドイツ帝国

灯里「シモ朝鮮も見習って、第二次大戦後の一般市民に対しての犯罪行為を認めて下さい」
アリシア「ちなみにここの超管理人はポーランドが好きじゃないそうよ」
灯里「どうしてですか?」
アリシアポーランド回廊を引き渡さず、戦争を引き起こしたから、ですって」
灯里「ポーランド回廊?」
アリシア「ドイツ帝国は元々東西に長かったんだけど、敗戦時にポーランドが海を要求したので、ダンツィヒをポーランドに割譲。そのせいでオストプロイセンとドイツ本国が切り離されたの。その領土をめぐって交渉していたけど、結局決裂して戦争になったの」
灯里「そうだったんですか・・・」
アリシア「しかもドイツ第三帝国崩壊後はオストプロイセンも失い、ドイツ本国もオーデル・ナイセ以東の土地を失った。その結果がこの悲劇ね」
灯里「悲しい話ですね」
アリシア「でも、一番酷かったのはポーランド人じゃなくてシオニスト・ユダヤだったんだけどね。ホロコーストなんていうでっち上げで戦後ドイツ人を殺しまわったんだから。今でもパレスチナでナチス以上の虐殺を繰り返しているわ」



フロイライン

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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 16:19
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【ドイツ】ベテラン達の戦後 ---ドイツ空軍編---

ベテラン達の戦後

---ドイツ空軍パイロット編---

 


 


前回、西ドイツ政府がナチ時代の勲章受勲者達のために、改訂版勲章(1957版)を発行して彼らの名誉を守った・・・偉い(・∀・)!!というスレッドあげました。

 

日:http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pmilitary&nid=41968


韓:http://enjoyjapan.naver.com/tbbs/read.php?board_id=pmilitary&nid=41968


 


そこで、ドイツ国防軍の最高位勲章である騎士鉄十字章(Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes)受勲者達の戦後をあげてみます。今回は元空軍パイロット達を貼ります。


 


ドイツ空軍では1750人が騎士鉄十字章を受勲し、そのうち254人がドイツ連邦軍に復帰しました。受勲者の14%が再軍備に参加した事になります。生き残りの受勲者を分母にすればこの率は大きくなると思います。いずれにせよ、元国防軍将兵は、ドイツの再軍備に必要不可欠な人材であることは当然だったのでしょう。


 


 


 



Josef Kammhuber (1896-1986)


第一次大戦は陸軍工兵として参加し、少尉で終戦をむかえる。その後も軍に留まりドイツの再軍備が制限される中、1930年にソ連でパイロットの訓練を受ける。フランス戦で撃墜され、フランス敗戦まで捕虜生活を送る。帰国後は高射砲部隊の司令となり、防空網を敷く。1941年に騎士十字章を受勲。終戦時の階級は大将。戦後は新生ドイツ空軍に復帰し初代空軍総監となる。1962年に大将で退役。


ヨーゼフ・カムフーバー


左が国防軍時代、右が連邦軍時代


連邦軍時代でも、略綬(Ribbon Bar)でも、しっかりWW2での戦功を示しています。


一番上の段の出っ張りが騎士鉄十字章の略綬です。


 


ヨーゼフ・カムフーバー


かつての敵国であるイギリス空軍司令官と握手するKammhuber

 

 

 

 

Johannes Steinhoff (1913-1994)

西部戦線で活躍し騎士十字章を受勲。そして東部戦線・北アフリカで戦功をあげ、剣付柏葉騎士鉄十字章を受勲。大佐に昇進し新鋭戦闘機Me262を装備するJg7の司令に着任するも、ゲーリング弾劾のメンバーだったために干されてしまう。アドルフガランドに救われる形でJg77に復帰し、Me262を駆り重爆撃機を撃墜するが、エンジン不調が元で火災になり、顔つきが変わってしまうほどの大火傷を負う。戦後は新生のドイツ空軍に復帰し、順調な出世を重ね、3代目空軍総監、NATO空軍参謀長にまで上り詰め1974年に退役した。1994年に心筋梗塞で死去。

ヨハネス・シュタインホフ


左が国防軍時代、右が連邦軍時代


NATO関係でアメリカ空軍のCommand Pilot Badge?を付けています。

 

 


ヨハネス・シュタインホフ



連邦軍時代でも、略綬(Ribbon Bar)でも、しっかりWW2での戦功を示しています。


一番上の段の出っ張りが騎士鉄十字章の略綬です。


 

 

 


Herbert Kaminski (1905-1971)
東西両戦線の活躍で騎士十字章を受勲。終戦時の階級はは少佐。ドイツ空軍に復帰し中佐で退役。1971年に交通事故で死去。


 


ヘルベルト・カミンスキ

 


左が国防軍時代、右が連邦軍時代


連邦軍時代も、略綬(Ribbon Bar)でも、しっかりWW2での戦功を示しています。


一番上の段の出っ張りが騎士鉄十字章の略綬です。


 


 


 


Heinrich Trettner (1907-2006)
1929年少尉任官。飛行学校に入る。スペイン内戦にコンドル軍団(第88戦闘飛行隊)に所属し参戦。その後、第7航空師団の参謀将校になる。参謀本部少佐として騎士鉄十字章を受勲。イタリア戦線で空挺部隊を指揮、その戦功により柏葉騎士十字鉄十字勲章を受勲。戦後は大学で経済学を学んだ後、新生ドイツ空軍に復帰。ドイツ連邦軍総監(3代目)となり1966年に大将で退役。 


ハインリヒ・トレットナー

左が国防軍時代、右が連邦軍時代


この写真では首から勲章を吊っていますね。かっこいいです(・∀・)!!


 


 


 


 


 


Artur Pipan (1919-存命?)
オーストリア出身。地中海・北アフリカ・東部戦線で大活躍し騎士鉄十字章を受勲。戦後は故郷の新生オーストリア空軍に復帰し、飛行学校の教官になる。終戦時は大尉。その後、飛行学校長になり、1982年に将官で退役。



アルトゥール・ピパン


 

この人はオーストリア人です。

オーストリアではドイツと異なり、併合時代の勲章の着用は認められなかったそうです ( ´ω`)

 

 

 

 

 

 

 

Erich Hartmann (1922-1993)
スーパーエース。ダイヤモンド剣付柏葉騎士鉄十字章受章。戦後はソ連に抑留され1955年に西ドイツ帰る。抑留時には高ポストを条件に東ドイツ空軍への入隊を勧められたが、きっぱり断る。西ドイツ空軍では飛行教官・テストパイロットとしてF86・F104などに乗った。F104の導入には「危険な飛行機」であると反対した。ドイツ空軍はF104によって多数の犠牲者を出したので、彼の意見は正しかったと言えよう。なお、彼の伝記によると彼の人格・組織人としての適正評価は最悪に近いものだったらしい。1970年に大佐で退役。1993年に死去。

 

Gerhard Barkhorn (1919-1983)
東部戦線で順調にスコアをあげ剣柏葉付騎士鉄十字章を受勲。戦争末期にはMe262を駆り出撃したが振るわなかった。少佐で終戦を迎える。戦後は新生ドイツ空軍に復帰し、戦闘爆撃航空団・テストパイロットなどの任に就き戦後も飛び続けた。1975年に少将で退役。1983年に交通事故で死去。

 

Günther Rall (1918-)
西部・地中海で戦い、東部戦線で大活躍し樫葉付騎士鉄十字章を受勲し、終戦時は少佐。戦後は新生西ドイツ空軍に復帰し順調に出世。1971年にはSteinhoffに続き4代目の空軍総監になった。1974年にはNATOに勤務し、1975年に中将で退役。現在も存命。

 

 

この3人は、まとめて4人の写真(+Steinhoff)で

 

 


パイロット

 

左から

Gerhard Barkhorn、Erich Hartmann、Johannes Steinhoff、Günther Rall

です。

 

 

 

 

ハルトマン

 


イギリス空軍のエースDuglas Bader(右)とHartmann(左)


二人ともお爺さんですね。


 


 



 


 


ハルトマン

上はHartmannカラーのBf109g

下は戦後のHartmannの愛機


F86も黒いチューリップw


 

 

 

 

 

参考:google、wikipedia、その他いろいろ


enjoy korea
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pmilitary&nid=44003

▽関連記事
日本はドイツを見習うべき
http://maokapostamt.blog77.fc2.com/blog-entry-1777.html




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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 16:19
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【ドイツ】Japan-Tag in Düsseldorf
日本の日
日本の日


フランスのjapan expoの7万人、ドイツのjapan tagは一日で100万人

6月2日はデュセルドルフでJapan−Tag【日本デー】が開催された。
今年で6回目となり結構希望が大きく、毎年約100万人がデュセルを訪れる。


1日中伝統的な生花、柔道などいろんな行事が楽しめる。

詳しくはこちらをどうぞ。→ http://www.japantag-duesseldorf-nrw.de/index.php?id=305&L=0



JAPAN EXPOは有名だが、JAPAN TAGは意外に知られなかったりする。



日本の日

日本の日

日本の日

日本の日



enjoy korea
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&page=4&nid=86373

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さすが親日国ドイツw
感謝感激アメアラレって感じなのだわ。


しかし、ドイツ人も日本に劣らずオタが多いww
職人気質が関係してるのかも知れないけど。



その他、Japan-tagの動画
(順番は適当です)




























ピカチュウ
※これはドイツじゃないよ。たぶん。


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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 21:28
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Hitler: The Rise of Evil
ニコニコ動画です。
アカウントの無い人はごめんなさいね。





これはいいものだw
アメリカのCBSで2003年に制作したらしいのだわ。
あまり似てないけど、それを雰囲気で十分カバーしてるのだわ。
買って損はないかも知れないのだわ。

Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Hitler:_The_Rise_of_Evil

この手の映画で私のイチオシは、『ヒトラー最後の10日間(1973年)』。
これは俳優も凄かった(容姿も演技も)。
ホントに当時の総統官邸地下壕に居るような錯覚に陥るのだわ。




■おまけ



これは中々面白いのだわ。
さすがモンティ・パイソンw
どこぞの面白くもないクソチビユダヤ喜劇王よりよっぽど面白いのだわ。
なんであんなのが評価されるのか、さっぱりわからないのだわ。






アドルフ・ヒトラー総統


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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 16:53
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日本はドイツを見習うべき

Cross of Iron



ある軍人のドイツ国防軍とドイツ連邦軍時代の写真がそろったので貼ってみます。



グンター・バール

Gunther Bahr



グンター・バールとBf110
愛機と一緒

グンター・バール

騎士鉄十字章受勲前


グンター・バール

グンター・バール


受勲の様子



グンター・バール
ドイツ連邦軍時代



サンプルの人物はドイツ空軍のGunther Bahrという人です。彼はMe110を駆り夜間迎撃で活躍しました。その戦功により1944年にドイツ十字章を、1945年に騎士鉄十字章を与えられました。国防軍での最終階級は飛行兵曹長でした。

そして戦後は、西ドイツに創設されたドイツ連邦軍に復帰しました。制服を見る限り陸軍に再入隊したようですね。右ポケットに空挺章があるので、一応は前歴と関係ある職種に付いていということでしょうか(´・ω・`)?!彼は少佐まで昇進し1975年に退役しました。(現在も存命されているそうです)





画像を細かく見てみると・・・・
勲章

ドイツ連邦軍時代も、ドイツ国防軍時代と同じ勲章をつけていますね。これは1957版というものらしく、戦後に西ドイツ政府が国の金で改定してWW2のベテラン達に配布したものなんだそうです。







A.尻顎。全て同一人物です。



B.騎士鉄十字章
Knight's Cross of the Iron Cross(Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes)
ナチスドイツがポーランドに侵攻した当日に制定された勲章で、第1次大戦の「プール・ル・メリット」相当する一般将兵にとっては最高位の勲章。授与にあたっては、陸海空三軍の推薦に基づいて国防軍最高司令官であるヒトラー総統自らが決定を下した。「敵に対して際立った勇敢な行動をしたこと」が推薦の絶対条件であり、選択は極めて厳しかった。全軍を通して6,996人(陸軍4,524人、空軍1,716人、武装SS438人、海軍318人)が受章したが、ドイツ軍人は全員で約1,500万人居たので、2,250人に1人しか受章できないという高倍率だった。デザインは昔から存在する鉄十字章と同じ。中央部には鍵十字を、下部には1939の文字が入る。(戦争が進むにつれて色々な小物をつけてバージョンが増えました)



C. ドイツ十字章
German Cross (Deutsches Kreuz)
騎士鉄十字章(B)と1級鉄十字章(D)との間の授与資格に余りにも差が有り過ぎるので、1941年にその中間の勲章として制定される。将兵からは目玉焼きと呼ばれたそうです。



D. 1級鉄十字章
Iron Cross 1st Class (Eiserne Kreuz 1 Klasse)
ナチスドイツが1939年に再制定した勲章。デザインは昔から存在する鉄十字章と同じ。中央部には鍵十字を、下部には1939の文字が入る。



E. パイロット兼観測員章
Pilot-Observer Badge (Flugzeugführer und Beobachter-abzeichen)
ゲーリングが1935年に制定した徽章。パイロットと観測員の両方の資格を持っている搭乗員に対して授与された。これは上のB-Eの勲章というよりも資格章に近いもので、戦功が無くても資格があれば与えられました。















オリジナルと1957版を比較してみました。

(色によるランク分けは割愛)




勲章

1957版について(画像右側)

戦後の西ドイツではナチス時代に関わる物を着用するのは禁じられていました。しかし、1957年に規制が緩められ、一部デザインを変更した1957年度版と呼ばれる物が各勲章・徽章を受けたものに配布されます。これによりドイツ連邦軍に復帰したWW2のベテラン達は過去の武勲を誇示?!することができるようになりました。

デザインの変更点

ドイツ十字章(C)については中央の大きな鍵十字を外し、ドイツ伝統の鉄十字に置き換えられました。パイロット兼観測員章(E)は、鷲の足が掴んでいる鍵十字が消滅しました。そして、騎士鉄十字章(B)と鉄十字章(D)は、中央に刻印されている鍵十字が柏葉に置き換えられました。しかし「1939」の制定年度文字は変えられていませんね。1957版はあくまでデザイン上の問題点の変更であって、勲章そのものの価値・・・WW2の戦闘によって勲章を授与されたという事実・・・は変わっていないとも受け取れますね。







1957版勲章ではこんな物もあります

クリミアシールド

クリミアシールド
Krim Shield (Krimschild)
このシールド章は参加記念章といったところでしょうか?!1941年のドイツ第11軍のクリミア半島攻勢に参加した全ての将兵(ドイツ軍・ルーマニア軍)に配布されました。そして1957版も作られました(画像中段右)。鷲と鍵十字がありませんね。下の画像は「Cross of Iron」の一コマ。スタイナー軍曹の左肩にクリミアシールドが付いています。左のプロシア軍人家系出身のストランスキー大尉の胸には何もありませんね。劇中に彼が鉄十字章に執着するのもなんとなく分かるような・・・w


ここであげた勲章・徽章はほんの一部です。パルチザン掃討章や、SS・党関係の物はさすがに改訂版は作られなかったようですが、WW2当時に制定・授与され多くの勲章が、受勲者の為に改定されています。どの勲章も基本的なデザインには手が付けられていないのが共通の特徴です、このデザイン変更は、応急処置的なやっつけ仕事のような感じがしますが・・・ナチスドイツ政権下で定められ、ナチスドイツが起こした戦争で授与されたという事実、そして授与された将兵達の戦功という事実が絡み合った苦渋のデザインと言えるかもしれません。スタイナー軍曹よりもストランスキー大尉のような人のほうが多かったのかな?!


話は変わりますが、東ドイツがWW2の勲章を置き換えたという話は、私の勉強不足もあるかもしれませんが聞いたことはありません。ドイツ人民軍は制服こそはドイツ国防軍そっくりですけどね。しかし、このような勲章に対する姿勢を見る限りでは、プロシアからの伝統を受け継ぐ正統派ドイツ軍は、ドイツ連邦軍と言えるのではないでしょうか?

なお、1957版はあくまでWW2時代の置き換えであり、資格章などは80年代あたりにデザイン変更されているようです。そもそも鉄十字章は戦時に授与される勲章なので,平和な戦後ドイツでの授与はないらしいです。やっぱり平和に越したことはありませんね。





最後に某スレでみたインターネットで見たな話を一話・・・・
(ソースは2chの軍事板のログなので確証なし)


源田実
源田実と帝国海軍の略綬(56から拝借)



帝国海軍出身の源田実は航空自衛隊に入隊し、1959年に航空幕僚長という航空自衛隊のトップになります(写真中央)。当時の日本は、叙勲基準が改正されて現役自衛官への叙勲が制限されたことによって、自衛官は勲章の略綬を着用することがほとんどなくなっていました。

ある日、源田空将がアメリカに出張することになりました。当時の自衛隊の制服とアメリカ軍の制服を並べると、自衛隊の制服は略綬(リボンバー)が無いので、見劣りするのは明らかでした。そこで、見栄っ張りの源田空将は、机の中から自分の帝国海軍時代の略綬を引っ張り出して左胸に付けてアメリカに行ったそうです。


そして20年後の1982年にやっと防衛記念章制度ができました。







ドイツ連邦軍、自衛隊に復帰したWW2のベテラン達はすでに退役していることでしょう。
冷戦下の西ドイツと日本の状況は異なり、再軍備の方法も違いました。

しかし、1957版の勲章を見ていると
頑固とも言えるドイツの軍に対するポリシーを感じます。
これぞ伝統という奴でしょうか?


まぁ自衛隊は軍隊じゃないんですけどね(;´Д`)





参考
wikipedia
google先生
スタイナー氏のページ
その他多数




enjoy korea
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pmilitary&nid=41968



まあ、普通は軍隊があって初めて一人前の主権国家ですから。

日本の考え方が特殊なだけなのだわ。



涼宮ハルヒの憂鬱


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【ドイツ帝国】Horst Wessel Lied(ホルストヴェッセルの歌)



Rudolf Heß
Die Partei ist Hitler!
Hitler aber ist Deutschland, wie Deutschland Hitler ist!
Hitler, Sieg Heil!

ルドルフ・ヘス
党はヒトラーである!
ヒトラーはドイツであり、ドイツはヒトラーである!
ヒトラー、ジークハイル!


Horst Wessel Lied
Die Fahne hoch!
Die Reihen dicht geschlossen!
S.A. marschiert
mit ruhig festem Schritt.
Kameraden, die Rotfront und Reaktion erschossen,
marschieren im Geist
in unseren Reihen mit!

ホルスト・ヴェッセルの歌
旗を高く掲げよ!
隊列は隙間なく並んでいる!
S.A.はしっかりした歩調で行進する。
共産主義と反動派に撃たれた戦友たち、
彼らは我らと共に行進する!








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