RSS | ATOM | SEARCH
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

author:スポンサードリンク, category:-,
-, -, pookmark
60年目の2・28事件=台湾
◆「2・28事件」をご存知だろうか。戦後間もない1947年、台湾で起きた大虐殺事件である。発生から60年という節目を迎えた2月28日に台湾の各地で、犠牲者を追悼する式典が営まれた。

国共内戦に敗れ、台湾に逃れた国民党政権が本省人(台湾出身者)の抵抗運動を武力弾圧して2万人以上を虐殺した。この事件のことは、独裁政権下の台湾では口にすることさえタブーとされてきた。厳しい情報統制の下で、事件の内実が国外に伝わることはなく、日本のメディアが報道するようになったのもごく最近のことだ。

◆台北の総統府前で開かれた式典会場に取材に行った。何人もの参加者から「日本でも事件のことをしっかりと報道してください」といわれた。発生から半世紀以上が経過し、当時のことを知る人は次々といなくなっている。関係者は、事件が風化することを何よりも恐れている。

◆事件は本省人と外省人(中国出身者)の対立を決定付け、台湾社会に深い傷跡を残した。「駅前に死体が並んだ光景が忘れられない。彼ら(国民党軍)はなぜあそこまで残虐な行為をしたのか今でも理解できない」。75歳になるという男の人は、中学生時代に遭遇した事件を、昨日の出来事のように怒りに身を震わせながら語った。

【ソース】時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/c?g=afu2&k=2007031400779



ちょっと遅れてしまった記事。

>国共内戦に敗れ、台湾に逃れた国民党政権が本省人(台湾出身者)の抵抗運動を武力弾圧して
>2万人以上を虐殺した。


未だに諸説あって実数は把握できていないのが現状のようです。
当時の行政院内政部の人口統計を見ると、一九四七年の死亡者数は、十一万四一九二人、翌年は九万五三四〇人、一九四九年は九万三四四九人となっており、事件発生の年は翌年より二万人近く死亡者数が多い。この突出した数字の多さは事件の実態を裏づけている。人口学者の陳寛政は、一万八〇〇〇〜二万八〇〇〇人としている。また、一九六〇年、行政院が行った戸籍整埋で、生存していない人の戸籍を削除したところ、その数が一二万五八○○人にのぼったという。(楊逸舟著『二二八民変」一九七〇年。この数の中には二二八事件で死傷した人が数多く含まれているはずだ。

『漫画台湾二二八事件』より抜粋




>厳しい情報統制の下で、事件の内実が国外に伝わることはなく、日本のメディアが
>報道するようになったのもごく最近のことだ。


σ(゜・゜*)ンート・・・
その最近報道するようになったメディアとはどのメディアなのでしょうか?
私は心当たりがないのですが。
しかもテレビで流しましたか?



>「駅前に死体が並んだ光景が忘れられない。彼ら(国民党軍)はなぜ
>あそこまで残虐な行為をしたのか今でも理解できない」。


(#ー`)y━~~。oO(中国人だからな)


『漫画二二八事件』より
(漫画右開きのため、縦に並べます)

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件

228事件


■228手牽手護台灣活動■



↓皆さんのクリックが励みになりまつ☆↓
 


author:玉置 麗華, category:[台灣]ニュース, 11:44
-, -, pookmark
スポンサーサイト
author:スポンサードリンク, category:-, 11:44
-, -, pookmark