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「台湾蓬莱米の父」と呼ばれた日本人、磯永吉の手稿が発見される
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1161706214/

1 名前:´◇`)<誤訳あったらごめん。@シャイニング記者。φ ★[sage] 投稿日:2006/10/25(水) 01:10:14 ID:???

台湾蓬莱米の父・磯永吉 手稿が発見される
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「台湾蓬莱米の父」と呼ばれる日本生まれの磯永吉・教授(*1)は、日本統治時代から台湾で働き、その長さは足掛け46年にも及んだ。彼が台湾大学の農芸学部に残した手稿、調査記録および農業文献が、2年前に台湾大学の図書館に寄贈されたものから、先日初歩整理の中で発見された。その多くがアジアの近代農業史にとって初めてとなる貴重な資料と言える!

台湾大学の校史館で助研究員を務めている張幸真によると、磯永吉は、台湾の稲作の分野で科学培養・品種改良に踏み込んだ鍵となる人物であるとともに、調査の足跡は、福建省や海南島、東南アジアと広くにわたったという。台湾総督府の農業試験所所長であり、台湾大学の前身である台北帝国大学の教授でもあった。日本統治時代の総督府の農業関係の公文書は全て台北帝国大学に送られ、彼の同意を得ていたことが、最近になって台湾大学図書館に保存されていた文献記録によって明らかとなるなど、世界に一つだけとなる宝物と言えるだろう。

台湾大学農芸学部の名誉教授、頼光隆によると、日本統治時代の台湾の稲作は、在来種が主流を占めており、日本が導入した種もみは台湾ではずっと成功できずにいたという。磯永吉は、農村での実験観察に十数年の歳月を費やし、まず当時玉石混交だった千種類以上の台湾のイネの品種から、300種類あまりを厳選し栽培を行い、それから日本のイネの品種と交雑させて台湾で育成し、「蓬莱米」の開発に成功し、台湾の稲作の品質と生産量を飛躍的に向上させた。

頼光隆は、磯永吉の功績は台湾だけに留まらないと強調する。磯は長期にわたる農業研究の成果を英語でまとめた「亜熱帯における稲と作物の輪作(*2)」を本にし、これは亜熱帯の農作におけるバイブルと呼ばれるようになった。60年代には、わが国は国連を通じてインドに蓬莱米を贈り、これによって東南アジアにおける試験栽培にも成功した。

磯永吉の行った研究や品種改良は、サトウキビ、サツマイモ、木瓜(*3)、亜麻、コーヒー、小麦、そして豚や鶏の品種にも及んだ。台湾農業の発展において彼の一挙一動が全てを左右することから、終戦後も磯永吉は日本人教授として残留し、1957年に定年を迎えて日本に帰るときも、わが国の政府は彼の台湾農業への貢献に対する謝礼として、省議会において彼に終生にわたって蓬莱米を贈ることを決議し、彼がこの世を去るまで日本に贈られ続けた。
[記者:郭怡君/台北報道]

★ ソースは、自由時報 [台湾] とか。
http://www.libertytimes.com.tw/2006/new/oct/24/today-life2.htm(中国語・繁体字)

★ 訳註。
(*1) 詳しくは、Wikipediaで。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A3%AF%E6%B0%B8%E5%90%89
(*2) 「Rice and crops in its rotation in subtropical zones」。
(*3) この単語は「ボケ」「カリン」「パパイヤ」なんかを指すのだけど、どれのことかわからず。




    .∧∧ .∧∧
    /台\/日\
    (・ω・)(・ω・)
    ゚し=J゚ ゚し=J゚
 日台友好☆台日友好!!

( ;∀;)イイハナシダナー

これこそ八田氏と並べて、教科書に載せるべき話ではないでしょうか?


台灣に比べて、かの国ときたら……

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pfood&nid=33382&st=writer_id&sw=jion999
韓国人が食べる米の真実

即ち、現在、韓国人が食べている米は、朝鮮固有の米ではなく、日帝時代、日本人が人工交配で品種改良した日本米であるという事実です

日韓併合前の、朝鮮の米には、赤米(古代米)や石が多く混入していたため、日本では「人間の食べるものでは無い。」と忌み嫌われていました。>赤米(古代米)

併合後、朝鮮に移住した日本人の地主達は、日本の米を導入し、日本の技術で生産を始めました。

日本米の生産が増加するに従い、朝鮮で生産された日本米の評判が徐々に上昇し、日本への輸出量が増えた結果、益々、日本米の生産量が増加していったのです。
その結果、朝鮮固有の米の生産は、淘汰されてしまったのです。

朝鮮で、最初に奨励された日本米は、「亀の尾」(kameno-o)という品種でした。
現在、日本で一番有名なブランド米「コシヒカリ」の先祖の米で、1893年、阿部亀治が選抜した、寒さに強い米でした。
*「亀の尾」で作った純米酒マンガ「夏子の酒」のモデルとしても有名になった。

その後、「交配」という品種改良技術が日本で開発され、「亀の尾」(kameno-o)と他の品種を交配させた結果、1921年、「陸羽132号」(rikuu132gou)が誕生します。
*詩人として有名な宮沢賢治(miyazawa kenji)が普及に努めた品種です。

この美味しくて、病気に強い「陸羽132号」(rikuu132gou)が、朝鮮でも大々的に生産されるようになったのです。

日本の米の普及に加えて、日本の灌漑技術、肥料、耕作方法(正条植え)なども導入されました。
即ち、独立直後の韓国では、日本の米を、日本の技術で作っていたのです。
日韓が分離した後、日本では、益々、米の品種改良が発達し、1949年、「亀の尾」の4代目の子孫となる「コシヒカリ」が開発されました。

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pfood&nid=34101&st=writer_id&sw=jion999
「韓国の味噌の真実」

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pfood&nid=33010&st=writer_id&sw=jion
「韓国焼酎の真実」

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pfood&nid=33631
「韓国の醤油の真実」



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author:玉置 麗華, category:[台灣]ニュース, 11:34
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