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日本はドイツを見習うべき

Cross of Iron



ある軍人のドイツ国防軍とドイツ連邦軍時代の写真がそろったので貼ってみます。



グンター・バール

Gunther Bahr



グンター・バールとBf110
愛機と一緒

グンター・バール

騎士鉄十字章受勲前


グンター・バール

グンター・バール


受勲の様子



グンター・バール
ドイツ連邦軍時代



サンプルの人物はドイツ空軍のGunther Bahrという人です。彼はMe110を駆り夜間迎撃で活躍しました。その戦功により1944年にドイツ十字章を、1945年に騎士鉄十字章を与えられました。国防軍での最終階級は飛行兵曹長でした。

そして戦後は、西ドイツに創設されたドイツ連邦軍に復帰しました。制服を見る限り陸軍に再入隊したようですね。右ポケットに空挺章があるので、一応は前歴と関係ある職種に付いていということでしょうか(´・ω・`)?!彼は少佐まで昇進し1975年に退役しました。(現在も存命されているそうです)





画像を細かく見てみると・・・・
勲章

ドイツ連邦軍時代も、ドイツ国防軍時代と同じ勲章をつけていますね。これは1957版というものらしく、戦後に西ドイツ政府が国の金で改定してWW2のベテラン達に配布したものなんだそうです。







A.尻顎。全て同一人物です。



B.騎士鉄十字章
Knight's Cross of the Iron Cross(Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes)
ナチスドイツがポーランドに侵攻した当日に制定された勲章で、第1次大戦の「プール・ル・メリット」相当する一般将兵にとっては最高位の勲章。授与にあたっては、陸海空三軍の推薦に基づいて国防軍最高司令官であるヒトラー総統自らが決定を下した。「敵に対して際立った勇敢な行動をしたこと」が推薦の絶対条件であり、選択は極めて厳しかった。全軍を通して6,996人(陸軍4,524人、空軍1,716人、武装SS438人、海軍318人)が受章したが、ドイツ軍人は全員で約1,500万人居たので、2,250人に1人しか受章できないという高倍率だった。デザインは昔から存在する鉄十字章と同じ。中央部には鍵十字を、下部には1939の文字が入る。(戦争が進むにつれて色々な小物をつけてバージョンが増えました)



C. ドイツ十字章
German Cross (Deutsches Kreuz)
騎士鉄十字章(B)と1級鉄十字章(D)との間の授与資格に余りにも差が有り過ぎるので、1941年にその中間の勲章として制定される。将兵からは目玉焼きと呼ばれたそうです。



D. 1級鉄十字章
Iron Cross 1st Class (Eiserne Kreuz 1 Klasse)
ナチスドイツが1939年に再制定した勲章。デザインは昔から存在する鉄十字章と同じ。中央部には鍵十字を、下部には1939の文字が入る。



E. パイロット兼観測員章
Pilot-Observer Badge (Flugzeugführer und Beobachter-abzeichen)
ゲーリングが1935年に制定した徽章。パイロットと観測員の両方の資格を持っている搭乗員に対して授与された。これは上のB-Eの勲章というよりも資格章に近いもので、戦功が無くても資格があれば与えられました。















オリジナルと1957版を比較してみました。

(色によるランク分けは割愛)




勲章

1957版について(画像右側)

戦後の西ドイツではナチス時代に関わる物を着用するのは禁じられていました。しかし、1957年に規制が緩められ、一部デザインを変更した1957年度版と呼ばれる物が各勲章・徽章を受けたものに配布されます。これによりドイツ連邦軍に復帰したWW2のベテラン達は過去の武勲を誇示?!することができるようになりました。

デザインの変更点

ドイツ十字章(C)については中央の大きな鍵十字を外し、ドイツ伝統の鉄十字に置き換えられました。パイロット兼観測員章(E)は、鷲の足が掴んでいる鍵十字が消滅しました。そして、騎士鉄十字章(B)と鉄十字章(D)は、中央に刻印されている鍵十字が柏葉に置き換えられました。しかし「1939」の制定年度文字は変えられていませんね。1957版はあくまでデザイン上の問題点の変更であって、勲章そのものの価値・・・WW2の戦闘によって勲章を授与されたという事実・・・は変わっていないとも受け取れますね。







1957版勲章ではこんな物もあります

クリミアシールド

クリミアシールド
Krim Shield (Krimschild)
このシールド章は参加記念章といったところでしょうか?!1941年のドイツ第11軍のクリミア半島攻勢に参加した全ての将兵(ドイツ軍・ルーマニア軍)に配布されました。そして1957版も作られました(画像中段右)。鷲と鍵十字がありませんね。下の画像は「Cross of Iron」の一コマ。スタイナー軍曹の左肩にクリミアシールドが付いています。左のプロシア軍人家系出身のストランスキー大尉の胸には何もありませんね。劇中に彼が鉄十字章に執着するのもなんとなく分かるような・・・w


ここであげた勲章・徽章はほんの一部です。パルチザン掃討章や、SS・党関係の物はさすがに改訂版は作られなかったようですが、WW2当時に制定・授与され多くの勲章が、受勲者の為に改定されています。どの勲章も基本的なデザインには手が付けられていないのが共通の特徴です、このデザイン変更は、応急処置的なやっつけ仕事のような感じがしますが・・・ナチスドイツ政権下で定められ、ナチスドイツが起こした戦争で授与されたという事実、そして授与された将兵達の戦功という事実が絡み合った苦渋のデザインと言えるかもしれません。スタイナー軍曹よりもストランスキー大尉のような人のほうが多かったのかな?!


話は変わりますが、東ドイツがWW2の勲章を置き換えたという話は、私の勉強不足もあるかもしれませんが聞いたことはありません。ドイツ人民軍は制服こそはドイツ国防軍そっくりですけどね。しかし、このような勲章に対する姿勢を見る限りでは、プロシアからの伝統を受け継ぐ正統派ドイツ軍は、ドイツ連邦軍と言えるのではないでしょうか?

なお、1957版はあくまでWW2時代の置き換えであり、資格章などは80年代あたりにデザイン変更されているようです。そもそも鉄十字章は戦時に授与される勲章なので,平和な戦後ドイツでの授与はないらしいです。やっぱり平和に越したことはありませんね。





最後に某スレでみたインターネットで見たな話を一話・・・・
(ソースは2chの軍事板のログなので確証なし)


源田実
源田実と帝国海軍の略綬(56から拝借)



帝国海軍出身の源田実は航空自衛隊に入隊し、1959年に航空幕僚長という航空自衛隊のトップになります(写真中央)。当時の日本は、叙勲基準が改正されて現役自衛官への叙勲が制限されたことによって、自衛官は勲章の略綬を着用することがほとんどなくなっていました。

ある日、源田空将がアメリカに出張することになりました。当時の自衛隊の制服とアメリカ軍の制服を並べると、自衛隊の制服は略綬(リボンバー)が無いので、見劣りするのは明らかでした。そこで、見栄っ張りの源田空将は、机の中から自分の帝国海軍時代の略綬を引っ張り出して左胸に付けてアメリカに行ったそうです。


そして20年後の1982年にやっと防衛記念章制度ができました。







ドイツ連邦軍、自衛隊に復帰したWW2のベテラン達はすでに退役していることでしょう。
冷戦下の西ドイツと日本の状況は異なり、再軍備の方法も違いました。

しかし、1957版の勲章を見ていると
頑固とも言えるドイツの軍に対するポリシーを感じます。
これぞ伝統という奴でしょうか?


まぁ自衛隊は軍隊じゃないんですけどね(;´Д`)





参考
wikipedia
google先生
スタイナー氏のページ
その他多数




enjoy korea
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pmilitary&nid=41968



まあ、普通は軍隊があって初めて一人前の主権国家ですから。

日本の考え方が特殊なだけなのだわ。



涼宮ハルヒの憂鬱


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author:玉置 麗華, category:[ドイツ]全般, 16:00
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