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【韓国】「三国遺事」の「延烏郎と細烏女」〜細烏女は卑弥呼だった
【韓国】 「三国遺事」の「延烏郎と細烏女」は日本の古代王国建設説話〜細烏女は卑弥呼だった[12/15]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1260977413/

1 名前:蚯蚓φ ★[sage] 投稿日:2009/12/17(木) 00:30:13 ID:???

1285年、僧侶一然が「三国遺事」を書いた延烏郎(ヨノラン)と細烏女(セオニョ)とはそれほど長くない合計237字からなる話ですぐ読める。しかし、その中には韓日間の交流の話が含まれており、色々な事実を語ってくれる。

新羅国第8代阿達羅尼師今4年(157年)、東海(日本海)の海辺に延烏郎と細烏女の夫婦が暮らしていた。ある日、延烏郎が海に出たところ突然、岩に乗せられて日本に渡ってしまった。日本の人々は彼が平凡な人ではないことを知って王に推戴した。夫が帰ってこないので細烏女は夫を探して海辺に出かけたところ、岩の上に夫が脱いだ履き物があった。細烏女がその岩の上にのぼるや、すぐまた岩は細烏女をのせて日本に行った。王は彼女をむかえて貴妃とした。

すると新羅では太陽と月が光を失った。阿達羅王は使節を日本に送って延烏郎と細烏女に新羅に戻ることを求めた。しかし延烏郎は「私がこの国に来たのは天がさせたことで、どうじて帰ることができようか。私の妻が織った薄絹がある。これを持ち帰って天に祭れば、光を取り戻すことができるだろう」と語った。(中略)

韓日古代史を研究するイ・ヨンヒ教授(ポスコ人材開発院)は説話の形式で簡単に記録されているこの説話を韓日古代史を理解するとても重要な事件とみるべきであると話す。特に説話形式で書かれた西暦157年浦項トギにあった製鉄技術集団が大挙日本に進出した事実を明らかにしているということだ。(中略)

イ教授は「'日本書紀'を見れば日本第11代王、垂仁3年3月、新羅王子アメノヒボコが来て播磨国に留まり、彼はこの時、玉、矛、鏡など七種の神宝を持ってきたという記録に注視しなければならない。また'古事記'や'風土記'などにも「アメノヒボコ」がしばしば登場し、特に'古事記'には妻が日本にきたという記録があると明らかにした。日本に行った妻の名前はアカルヒメで'真っ赤な玉'すなわち「アカタマ」が変身した女性としてこのように呼んだのだろう。

「アカ」は私たちの古語「坊(アガ)」が日本音化されたものであり、「ア」は本来「終わり」を現わした単語だったが、すべての「刀類」を意味することもある。「カ」とは「変える」という意味と見られる。したがって「アカ」とは「刀類粉砕」すなわち「鉄器製造」を意味し、「タマ」とは「タム」で「一番上」「親分」の古語で「アカタマ」とは「鉄器製造の親分」を意味する私たちの古代語で解説できるということだ。

このように見る時、日本古代史に出てくる新羅王子アメノヒボコと関連した話は三国遺事に出てくる延烏郎と細烏女の説話と絶妙に合致する、とイ教授は結論付ける。

イ教授はまた細烏女夫婦が日本に渡ったことにより、新羅の太陽と月が光を失ったのは製鉄技術者集団が日本に発ってしまったので高炉から火が消えたことと解釈する。イ教授は卓越した想像力と韓日古代史の博学な知識を土台に、この説話が含むもっと深い意味を引き出している。

それなら細烏女は誰か。(中略)阿達羅王20年(174年)新羅が使節を送った倭の女王、卑弥呼が細烏女と同一人物ではなかっただろうか。イ・ヨンヒ教授は「日本書紀」に登場する神功皇后が卑弥呼であり、その卑弥呼がすなわち細烏女であると分析した。

このような主張を要約すれば「延烏郎と細烏女」は浦項の人で当時の製鉄技術など先端技術を日本に伝えた人物だけでなく、日本古代王国を建設した主人公であることを知ることが出来る。したがって延烏郎と細烏女の歴史的意味と説話の中に含まれた韓日古代史の真実を見て浦項が鉄とは無関係な都市ではないことをもう一度悟ることになる。

チン・ヨンスク記者

ソース:慶北日報(韓国語) 浦項市'延烏郎細烏女'は日本古代王国建設の主役(抄訳)
http://www.kyongbuk.co.kr/main/news/news_content.php?id=465196&news_area=120&news_divide=&news_local=&effect=4



延烏 細烏女
第八阿達羅王卽位四年丁酉 東海濱有延烏 細烏女 夫婦而居 一日延烏歸海採藻 忽有一巖(一云一魚) 負歸日本 國人見之曰 此非常人也 乃立爲王 (按日本帝記 前後無新羅人爲王者 此乃邊邑小王而非眞王也) 細烏怪夫不來 歸尋之 見夫脫鞋 亦上其巖 巖亦負歸如前 其國人驚訝 奏獻於王 夫婦相會 立爲貴妃 是時新羅日月無光 日者奏云 日月之精 降在我國 今去日本 故致斯怪 王遣使求二人 延烏曰 我到此國 天使然也 今何歸乎 雖然朕之妃有所織細綃 以此祭天可矣 仍賜其綃 使人來奏 依其言而祭之 然後日月如舊 藏其綃於御庫爲國寶 名其庫爲貴妃庫 祭天所名迎日懸 又都祈野
晃『卓越した想像力』、この部分だけは認めざるを得ない。迷惑な話だがな」
灯里「で、結局日本を絡めるんですね」
藍華「『三国遺事』なんてただの御伽噺なのに」
アリス「相変わらず、時間軸がぶっ飛んでますね」
アリシア「妄想で歴史を語らないで欲しいわよね」
2 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
日本を絡めないと何も語れない韓国

4 名前:丸に抱き沢瀉 ◆kamonG6GgE
これは新しいな・・・まぁ本文で卓越した想像力とか書いてあるんでただの妄想だな

5 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
日本古代史以外で朝鮮を語ろうとしたら熊しかいない件

6 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
>>1
>イ教授は卓越した想像力と韓日古代史の博学な知識を土台に、
>この説話が含むもっと深い意味を引き出している。


こやつの卓越した想像力だけは認めざるをえない

8 名前:光 ◆OraMYUrmo2
>>1

蚯蚓の旦那、いつものように3行でまとめて下さいw

87 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
>>8
>「延烏郎と細烏女」は浦項(ポスコ)の人で当時の製鉄技術など先端技術を日本に伝えた人物だけでなく、
日本古代王国を建設した主人公であることを知ることが出来る。
※ヒミコだといってます。
>イ教授(ポスコ人材開発院)は卓越した想像力の持ち主。

26 名前:蚯蚓 ◆MIMIZU/ZLU
>>8
「三国遺事」に出てくる延烏郎(ヨノラン)と細烏女(セオニョ)のお話は、
浦項の製鉄集団が日本に渡ったことを表したもので、
彼らは日本古代王国を建設して、細烏女は卑弥呼と呼ばれました。

アメノヒボコの話は、日本に渡った王族の話を加えただけ。

35 名前:光 ◆OraMYUrmo2
>>26

ありがとうございます。

「いつものことだ。たいしたことは言ってない。」

9 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
神功皇后は三韓征伐したんだよね。
神代の出来事だけど。

10 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
卑弥呼って生涯独身を貫いたんじゃなかったっけ?

11 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん

まーた始まった!

とにかく日本と関わりあいが持ちたくてしょうがないんだな朝鮮人(笑)



12 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
なむぎょ先生ではなかったか。

17 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
相変わらず時系列がw

18 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
またこの話か。。。
同じ話題をいつも繰り返してるよね。
日本と朝鮮ってよっぽど関係がないんだな。

27 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
今週のイ・ナムギョスレ…ちがうのか?

34 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん

自慢の三国遺事すら日本が朝鮮征伐をして清正が持ち帰らなきゃ読む事すら出来なかったくせに…



39 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
日本書紀や古事記がファンタジーだと主張する朝鮮人が
日本書紀や古事記を根拠に語るのは滑稽ですな

48 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
”高炉”から火が消えただと。
もしこれが事実なら、鉄鉱石から銑鉄を取り出した世界で最初の民族となり、歴史が覆ったことになる。
歴史的に高炉が最初に作られたのは、1709年だからなあ。
いやあ、優秀な民族だこと。

57 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
古事記によると、アメノヒボコの曾孫の曾孫が神功皇后なんだよな。
で、その神功皇后は三韓征伐して朝鮮半島を属国化した訳だ...

でも、>>1の記事を書いた朝鮮人は神功皇后の三韓征伐や任那日本府の記述には必死に否定してるんだよなぁ。彼ら朝鮮人には都合が悪い存在だから...

以前も米国でこんな騒ぎを起こしてたし..↓↓

【米国】韓国系市民ら、神功皇后の新羅征伐を描いた絵巻物に反発。美術館側に是正要求(中央日報)07/08/03
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1186438292/

韓国の歴史って日本書紀や古事記の内容を基準にしてるくせに、テメーらに都合が悪い部分は「捏造ニダ!」とか「愛が無いニダ!」とか言って駄々こねるんだよな。奴ら、中国の歴史書と一緒に展示したら納得するのかね?

68 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
『日本書紀』の一書では、高天原から追放されたスサノオは、新羅に降り、「私はここには居たくない。」と言い息子の五十猛尊(イソタケル)と共に土船で出雲へ渡ったとある。そのとき高天原から持ち帰った木々の種を、韓(から、朝鮮)の地には植えず、大八洲(おおやしま、日本のこと)に植えたので、大八州は青々とした地になったと言う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B5%E3%83%8E%E3%82%AA

ウリナラ変換↓↓↓

日本の神々は全て半島出身ニダ!!ウェーハッハ!!

【日韓】洪潤基教授:「日本人が崇拝する菅原道真は新羅人の子孫。素盞鳴尊も天照大神も新羅人」(世界日報)07/05/08
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1178799854/

単なる中継地だったのに、出身地扱いしてるしw
つうか、神にも見捨てられた朝鮮半島....哀れ。

挙げ句の果てに、に"『高天原』はウリナラ起源"などとほざいて記念行事なんてやってるし...

【韓国】 金海伽耶大学、「高天原祭」行事開催〜講演「高天原はどこか?」や歴史体験など(中央日報)08/04/10
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1208001486/
【韓国/新刊】応神=ヤマトタケルは朝鮮人だった 朴炳植(朝鮮日報)[09/05/11]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1242030823/

102 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
この物語は史実の反映ではなくただの民話とみるべき。

ようするにこれは男が海で溺れて死んで、妻が海に飛び込んで後追い自殺をした。
というよくあるたわいもない民話に過ぎない。

死んだことを海の彼方のあの世(日本)の王になったと言っているだけ。
現に死んでいるから帰ってこないではないか。

浦島太郎が竜宮城で王になった、といった類いのお話に過ぎない。


121 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
どうでも良いが、アメノヒボコが追って来た女性は、神秘的な現象で新羅に出現したけど、「故郷の日本に帰らせて頂きます!」と言って、日本に帰って来たんだぜ。それを追って来たのがアメノヒボコ。

ついでに言うと、その後の新羅関連のには「アメ」がついてないのに、アメノヒボコには「アメ」がついてるから、日本側としては、元々遠い親戚程度に思ってたのが新羅の王子だったわけで。神功皇后の母方の先祖でもあるし。

てか、新羅の建国神話自体が、スーパー倭人「瓢公」の活躍だし。新羅の神話時代から、日本人(と思しき人)が、新羅に渡って活躍し、勢力圏持ってた事を示してるだけだろ。

スサノオ伝説でも新羅に行ったけど、「これは酷い」と日本に戻って来てたろ。そういう例を示してるわけで。
更に、帰化人の「新良貴」氏なんかは、神武天皇の兄弟が半島渡って新羅建国した。私はその子孫です、と申告してた。

少なくとも元は日本人だと思ってた連中が普通に帰って来てただけでしょ。だから古代日本は新羅を「裏切り者」と見ていた。
まぁ、新羅と言っても、当初は部族連合だろうから、最初は日本系の部族が強かったが、段々追い出されたんだろうな。

新羅と疎遠になった頃にも、新羅から日本には「留学生」が来てて、僻地に飛ばされても日本に残った位だし。
出戻り感覚があったんだろうし、そういう事例も古代から多くあったんだろう。

149 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
>日本古代王国を建設した主人公であることを知ることが出来る

>>1は知らないみたいだが、アメノヒボコの曾孫は垂仁天皇の命で当時の菓子としては最高の果実を、艱難辛苦の末持ち帰ったが垂仁天皇の崩御を知り、天皇の御陵に果実を供えて殉死しているのだが

そして景行天皇は、この帰化人の曾孫の忠誠心を哀れみ、御陵の池の中に墓まで作らせている・・・どう考えても、アメノヒボコの子孫は天皇家に仕えていたとしか思えん

呉善花さんの著書「攘夷の韓国・開国の日本」にもあったけど

スサノオが日本生まれの子供たちをつれて新羅に帰ったら「こんな木の無い国は嫌だ!」と子供たちが日本へ帰りたがるので粘土で船を作って出雲に戻り、日本で植林に励んだ後子供たちを日本において、一人で半島に帰り根の国(死者の国)へ行ったって話がある

>>1の「延烏郎と細烏女」にも似たような感じがする
天がさせたは口実で「木の無い国」は嫌だったんじゃないのか?
もっとも「鉄器製造の親分」だったら当然だろうし





152 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
朝鮮半島から製鉄技術持ったやつらが樹木を求めて来たことは史実だけど、そいつら鉄作るために森っつか山の樹木丸ごと燃やし尽くすから現地の住民と軋轢起こしまくりだったんだよ
当たり前だが森がなくなりゃ地すべり水害天災発生しまくりだからな
ヤマト朝廷は製鉄民ではなく、製鉄民から鉄を召し上げる側だったわけで、渡来人はタダの技術者でなく日本の支配者だったニダ!
とやりたい韓国人には非常にお気の毒ですが、支配層になれるわけがありませんw

そんで結局日本は国産の砂鉄を使って独自のタタラ製鉄を編み出すわけだしな

153 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
日本の製鉄はシナより古かったりする。
まぁシナじゃまだ遺跡発掘されてないだけなのかもしれんが、

シナの場合一大青銅器文明と言える文明で、鉄器以上に銅器が発達した奇妙な文化だったからな。
とにもかくにも日本の鉄器文化は大陸とは異質な発展遂げたことは疑いがない。
シナではとうとう玉鋼を作ることできなかった。

159 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
>>153
>日本の製鉄はシナより古かったりする。
>まぁシナじゃまだ遺跡発掘されてないだけなのかもしれんが、

>シナの場合一大青銅器文明と言える文明で、鉄器以上に銅器が発達した奇妙な文化だったからな。

奇妙というよりも、鉄がないと鉄器文明が発達しないからね

中国で火薬が発明された のも、火薬の原料である
硝石が天然で存在していたからだし
それも2箇所で

164 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
 >したがって「アカ」とは「刀類粉砕」すなわち「鉄器製造」を意味し、
 >「タマ」とは「タム」で「一番上」「親分」の古語で「アカタマ」とは「鉄器製造の親分」を意味する
 >私たちの古代語で解説できるということだ。

日本の古代語で「あか」というのは、ほとんど「明るい」「光り輝く」という意味にしか使われない。
それ以外ではインドのサンスクリットから移入された「水」という意味で使われる「アカ」があるだけだ。
朝鮮人はこんな出鱈目な説明をよくも恥ずかしげも無く書けるモノだwwww

156 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
日本人になりたくてなりたくて、夢にまで見る。
憧れも果てし無く、ここまで来たか、韓国人。

165 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
×卓越した想像力
〇常軌を逸した妄想力



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author:玉置 麗華, category:[韓国]歴史, 16:39
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